【ブログ】伝統文化お正月の戦略的形骸化~意味の両極端~

【ブログ】伝統文化お正月の戦略的形骸化~意味の両極端~

皆さん、新年明けましておめでとうございます。
正(マサ)に月(ガツ)だね、ミスターお正月です。

ツイッター上で、私のフォロワーさんの中には、アラブ社会の方々が大変多いのです。
私は、彼らが一体何のために私をフォローしているのか気になっていたので、最近アラビア語を学んだりしていました。
しかし、昨日知人と話をしていて、何となくそれがつかめたような気がしました。
そこで、この記事ではそのことについてお話しながら、
伝統文化のあり方について考えてみたいと思います。

お正月は、宗教か?

日本文化お正月を世界に広めるという理念のもとに、私は活動をしております。
ここで、国外に目を向けると、「他国の宗教を自国に招きたくない地域や国家」というのは少なくないでしょう。
アラブ諸国はその一つなのかもしれません。

お正月は本来「年神様を祀る儀式」であり、日本の土着信仰・宗教色の強い伝統文化であります。
多くの日本人の方々はそう思っていないかもしれませんが、はたから見ればお正月は立派な宗教にも見えるのでしょう。
日本人がお正月を宗教だと思っていないのは、この文化が形骸化してしまったのがその理由といえるかもしれません。

戦略的形骸化~意味が大事であること。意味を失くすのが大事なこと~

「形式や様式ばかりが残ってしまって本来的な意味が風化してしまうこと」
を「形骸化」と言います。

世の中には、形骸化したものはたくさんあります。
日本文化で最も身近なものを考えると、例えば「文字」がその一つかもしれません。

日本の文字に見る形骸化

漢字はもともと象形文字。
象形文字というのは、モノやコトの様子を、略式の絵や図として表し、記号化したものです。
その、「絵や図としてそのものの様子を表していた」という意味の部分が、度重なるデフォルメの中で失われていき、単に「記号としての造形性」のみが現代に受け継がれてきました。
まさにこれが形骸化の一つです。

この「形骸化」は、現代社会においては「悪しきならわし」と受け取められがちですが、世は常に二律背反。「悪い」とされる物事にも必ず「良い側面」はあるものです。

漢字の形骸化を考えてみると、形骸化していなければ意味が残酷すぎたり、重すぎたり、生々しすぎる事実を象形した文字に、思い当たる節があります。

例えば「母」「肉」などなど……。
(意味やなりたちを解説することはここではしません。興味のある方はご自身でお調べ下さい。)

形骸化の恩恵

こういった、差別思想や、生々しすぎる事実に由来する文字、
もしもそれらの持つ意味が形骸化し、風化していなかったら、現代社会はこれらの文字を受け入れたのでしょうか?私は疑問に感じます。

もしも、差別思想や偏見に由来する文字の意味が、失われずに現代まで生き残った時、何が起きるでしょうか?

おそらく、文字の使用に対して社会が反発し、改変・変更を余儀なくされ、混乱が起きます。

具体例として、「母」という文字について考えてみましょう。
本来、母の文字に二つついている点々は、女性の乳房、「おっぱい」を意味しています。
もしもこの意味が形骸化せずに現代まで受け継がれてきたとすると、
「卑猥である」「女性を差別している」等の理由から、「この点々は書くべきでない」「別の形に変更すべきだ」といった大きな社会的反発が起きることが予測されます。

「母」という文字だけではありません。へんやつくりに「母」や、似た形状を持つ「毎」「侮」などの文字も、変更を余儀なくされるかもしれません。

そうすると、

  • 「母」という文字を含む名前は全て改名・変名する。(画数が変わるので運勢が変わる)
  • 「母」という文字を含むデジタルデータを変更する。
  • 「母の味」と書かれている飲食店メニューを全て変更する。

少し考えただけでも、これほど大規模な社会的・経済的影響が生じるわけです。

こうした問題が今のところ起きていないのは、「母」という文字の持つ意味が風化して、形骸化した形だけが残っている恩恵とも言えるでしょう。

クリスマスが日本に受け入れられたのは、意味の転換が起きたから

さて、話を戻しまして、文化や伝統について考えてみましょう。
クリスマスやハロウィンなどはわかりやすいところですが、
これらは本来の意味が風化し、形骸化している文化です。

Wikipediaによれば、クリスマスとは

クリスマス(英: Christmas)は、イエス・キリストの降誕(誕生)を祝う祭である(誕生日ではなく降誕を記念する日)。

と書いてあります。「サンタクロースがプレゼントを配り歩く日」という記述は、探してもなかなかみつかりません。

このように、クリスマスは元来、非常に宗教色の濃いイベントです。ですが、その宗教色が形骸化し、エンターテインメントとして意味が転換しているからこそ、日本に広く受け入れられたのです。
これが「形骸化」のプラスの側面ではないかと私は考えます。

意味の意味

「意味」というのは、大事なことです。
意味を重んじることも大事です。
しかし、意味をあえてなくしたり、別の意味をくっつけて楽しんだりすることも、大事な場合もあるのではないかと私は考えます。

「形骸化し、意味が失われてしまったものを、エンターテインメントとして、楽しむ。」
日本のクリスマスは、そのような側面において、大事なイベントではないかと考えます。

であれば、お正月もそのようなものとして受け入れていただける他所の国もあるかもしれませんね。

お正月が宗教でも、宗教でなくとも。

日本文化お正月を世界に広めるという理念のもとに、私は活動をしております。
お正月は本来「年神様を祀る儀式」であり、日本の土着信仰・宗教色の強い伝統文化であります。
ここで、国外に目を向けると、「他国の宗教を自国に招きたくない地域や国家」というのは少なくないでしょう。

しかし、現代日本においては必ずしも、その意味を尊重して執り行っている文化ではありません。
「なんとなく」やっているんです。
「なんとなくみんながやっているからお正月をやっている」という日本人が、圧倒的大多数なのではないかと、私は考えます。

意味は確かに大事なことです。
しかし、「意味の失われた様式美を楽しむ」という人生の楽しみ方も、大事なことの一つではないでしょうか?

例えば「書道」とは、まさにそのようなものの一つですよね?

YouTube動画では戦略的形骸化がコンセプト

私のYouTube動画では、言葉にはしなかったものの、この「戦略的形骸化」をずっとやってきたような気がしています。

どちらも大事です。
意味を重んじることも、意味をあえてなくすことも。

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