お正月を世界に広めるため世界のことを常に考えてます
I always think about the world
日本の法律を学ぶと、どうあがいても民事訴訟法と刑事訴訟法を経過して憲法に行き着く。
他国の法律はどのような構造になっているのか?日本みたいに懇切丁寧に明文化されている法律ばかりではないと想像しているけど、実際問題どうなんだろう?
私の勉強不足なので、以下の記載はあまりアテにしないでいただきたいが、日本の法律は、近代西欧諸国型の法律になっていると勉強した。それが世界的に見てデファクトとなっているようであるが、国家やその土地の風土や文化によっては、必ずしもそれが最適な統治構造だとは限らない。
2018年3月現在、中国は憲法改正によってほぼ独裁政権状態となった。
もちろん、お国柄によってはそれがベストな統治体制である場合もあるだろう。しかし、現在の近代西欧諸国型の法律は、独裁国家の反省から生まれたものである。そのため、「独裁国家の反省から生まれた」という存在意義からして独裁国家に対して否定的な立場であるのが当然であろう。
この国に対する私の認識
My perception of Japan
私が見てきたこの「日本」という国家は、二つの大きな転換によって基礎が作られたと認識している。一つは「徳川家康の天下統一」。もう一つは「WW2の敗戦」。
徳川家康の政治手腕によって、この国は「変えられないように変えられた」。
そして、敗戦後「武力を封じられた」。
近年、日本の政治家が「○○を変えよう!」といった公約を掲げることが際立って目立っているように感じるが、この国の特徴は「簡単には変えられない」ということにあると私は認識している。
それによって守られている文化や産業があり、それによって発展しない文化や産業がある。すなわち、これが「日本の特徴」だ。長所かつ短所、それを広く「特徴」と呼ぶ。
そして、日本人は同調意識が強いため、「他人がやっていることは自分もやらないといけないような気がする」という特徴が強い。そのために「他国がやっていることは自国も真似しなければならないかのような強迫観念」に襲われがちである。
それが「○○を変えよう!」という主張への支持に結び付いていると考えている。一方、「それを変えることが本当に良いかどうか」という本質的な部分の議論の希薄なままに突っ走りがちではなかろうか?
「政治家が」突っ走るのではなく、「国民が」突っ走りがちである。
人はどこへ向かうのか?
Where are the people going?
人も、時代も、常に変化し続けるものである。
そして日本人は、周りに流されて変化しやすい生き物である。
私はその流れに流されない人間である。それは、「一年中お正月をやる」という試みをしているこの事実からもご理解いただけることと思う。
世間がお正月をやめていく中で、お正月を続けるということは、周りに流されない人間にしかできない試みであるのだから。
私は、これからも、この冷静さを保ち続けながら、世間と、世界と、向き合い続けていこうと思う。
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